"その日"を超えて、私は強くなる。
アスリート50人×生理
#8
陸上 七種競技
伊藤桃子
Momoko Ito

「もう一回、日本選手権に出たい」怪我と生理、それでも競技を続けたい理由
陸上部に入った理由は“鬼ごっこが楽しそうだった”から
「陸上を始めたのは中学校1年生の時です」きっかけは意外なものだった。
「仮入部の時に鬼ごっこをしてて、それがすごく楽しくて。“陸上部入ったら鬼ごっこできるんだ”って、本当にそれだけの気持ちでした」
顧問の先生は、今思えば“普通の中学校ではありえないくらい陸上に強い先生”だったという。
「アキレス腱がいいって褒められて、“入ろうかな”って思いました」
当時は、まだ生理も始まっていなかった。「中学2〜3年生ぐらいで始まったと思います」それまでは、“月に一回何かが起きる”という感覚自体がなかった。

また来るのか、って思っていた
「生理が来てからは、“漏れてないかな”っていう不安がすごくありました」
学生時代、周囲でも制服を汚してしまう友人を見ていた。「制服についちゃってる子とかを見てたので、“自分もそうなるかも”っていう不安がずっとありました」
「練習中の不快感もあったし、“また来るのか…”って思ってました」
ただ、中学・高校時代は痛み自体は軽かった。
「全然生理痛がなくて、“血が出るだけ”みたいな感じだったんです」
だからこそ、周囲との違いに驚いた。「練習を抜けたり、早退したりしてる子を見て、“そんなに大変なんだ”ってびっくりしてました」
「私は“生理痛がない人間なんだ”って思ってたんです」
しかし、その感覚は大学で変わる。

薬を飲まないと立ち上がれなかった
「大学1年ぐらいから、お腹が痛くなり始めて」
最初は耐えられていた痛みが、徐々に変化していった。
「途中から、薬を飲まないと立ち上がれないぐらい痛くなって」
「布団でうずくまってないと無理、みたいな感じでした」
初めてその痛みが来た時の感覚を、伊藤さんはこう振り返る。
「“私にも来たか…”って思いました」「これか、って。これは無理だって思いました」
急に来ることもある。
「薬持ってない時とかは、本当に笑えないぐらい痛くて、ずっと真顔でした」
「できれば来てほしくなかったなって思います」
ただ、その経験によって初めて見えたものもあった。
「“ああ、この辛さだったんだ”っていう気持ちを分かれたのは、良かったかなって思います」
また、身体だけではなく、気持ちにも変化が出ていた。
「生理前になると、不安になったり、いろんなことが心配になったりして」
「高校の時は特に、“なんでこんな風になるんだろう”っていうのが怖かったです」

七種競技と生理は、相性が悪いと思う
日本選手権とも、生理は重なった。
「被ってました」
七種競技は、2日間で7種目をこなす。
「1日目が4種目、2日目が3種目なんですけど、特に最初の種目から走高跳ぐらいまでは本当に時間がなくて」
競技が終わると、すぐ次の場所へ移動する。
「100mハードルを走り終わったらすぐ荷物持って次の走り高跳びのピット行って…って感じなので、替えるタイミングがないんです」
「トイレ行こうと思っても、“自分の番来そう”って焦っちゃう」
さらに、女子選手特有の悩みもある。
「ユニフォームがブルマ型なので、生理用品をあんまり付けられなかったりとかもあって」
“いつ替えるか”を考えながら戦う。
その緊張感は、競技そのものとは別の集中力を奪っていく。

インタビュー(YouTube)
全編はYouTubeにて

“いつ来ても大丈夫”になった
「私が吸水ショーツPlaySを使い始めて一番よかったのは、“いつ来ても怖くなくなった”ことです」
以前は、少しの違和感でも不安になっていた。
「“もう来るかも”って思うと、何回もトイレ行ったりしてました」
「ちょっと違和感あるだけで、“来たかも”って不安になって」
でも、変わった。
「今は“いつ来ても大丈夫”っていう安心感があります」
「練習に集中できるのが、一番大きいです」
伊藤さんは、知識を持つことの大切さも話す。
「最初って、みんな不安だと思うんです」
「でも、親とか先輩とか、経験してる人は周りにいるはずなので」
「恥ずかしいことじゃないし、“大人になってる証拠”なので、自分だけで悩まないで聞いてみることが大事だと思います」
男性に対しても、こう語った。
「自分が経験しないことだから、びっくりする気持ちもあると思うんですけど」
「女性の生理って、本当に大変なものなので、男女関係なくみんなで学んでいけたらいいなって思います」
骨が出ていた。復帰まで2年かかると言われた

2025年11月末。
伊藤さんは大きな怪我を負った。
「ドリルの練習中、ボックスが滑ってしまって」
「スパイクが刺さったまま、脛だけが滑った方向にいって、脱臼と骨折でした」
「足を見たら、骨が出てて。“やばい”ってなりました」
救急車で運ばれ、その日から生活は一変した。
「トイレも一人で行けないし、松葉杖でも足が揺れるだけで痛くて」
今は少しずつ歩けるようになってきたが、160cm以上の高さのバーを越えていた彼女がこんな風に話す。
「1cmジャンプできるようになるまでに、4か月かかりました」
笑顔だが、不安は消えない。
「本当に復帰できるのかなっていう気持ちは、正直あります」
そんな中、支えになったのは家族だった。
片道4時間近くかかる病院へ、家族が交代で送迎してくれた。
「“近くの病院じゃなくて、その病院に行きたいって思ってるってことは、復帰したい気持ちがあるからでしょ”って言ってくれて」
「“そんなこと気にしてる暇があったら練習頑張って”って言われました」
その言葉で気づいた。
「自分だけがネガティブだったなって」
「周りがこんなに前向きなのに、本人だけが諦めそうになってるのおかしいなって思ったんです」

もう一回、日本選手権に出たい
「一番は、自分が復帰したい日本選手権に、もう一回出たいっていうところです」
七種競技に戻れるかは、まだ分からない。
「先生からは、“七種は難しいかも”って言われてます」
それでも、目標は変わらない。
「怪我した体が、今の体だから」
「前の自分と比べすぎずに、“今の体でどう跳べるか”を考えていきたいです」
そして最後に、同じように苦しむ人へ向けてこう語った。
「怪我が治った時、“あの時リハビリ頑張ってよかった”って、絶対思いたいはずだから」
「そのためには、今頑張るしかないなって」
「諦めずに、一緒に頑張りたいなって思います」


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