"その日"を超えて、私は強くなる。
アスリート50人×生理

#6

体操
杉原愛子

Aiko Sugihara

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復帰して世界一に輝いた
自分の花の咲かせ方

「自分の体は、自分しかわからないから」

「自分のコンディション、体は自分しかわからないので、それを言える人を作ることが一番。一人でもいいから」

杉原愛子は、まっすぐとした目でそう語った。
体操という競技に長く身を置いてきた彼女がたどり着いた答えは、とてもシンプルだった。

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初潮は16歳。「特に不安はなかった」

「初潮は16歳で、平均よりちょっと遅かったんですけど、家族的にもみんな遅めだったので。自分もそんな感じなんかなって思ってて、特に不安はなかったです」

平均的なデータでは初潮は12歳から13歳とされる。もちろん個人差があり、8歳から始まる子もいれば、杉原のように16歳で初潮を迎える子もいる。

生理が始まった当初、体への影響を強く意識することはなかったという。

「最初は、正直ちょっと面倒くさいものって思ってました。知識も浅かったし、“ない方がいいな”って思ってたぐらいで」

当時杉原は、第54回NHK杯体操選手権女子個人総合で初優勝。2015年の世界体操競技選手権で日本代表に選出された。
第6回アジア体操競技選手権では、日本女子の団体総合優勝と個人総合で優勝し初の国際タイトルを獲得した。

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月に2回来る生理。鼻血、そして貧血

変化が起きたのは、大学に入ってからだった。

「生理が月に2回来ることもあって、なおかつ鼻血が出たりとかして。めちゃくちゃ貧血になってしまって」

そのとき、初めて「普通じゃないかも」と感じた。

「これはちょっと、さすがにアカンなと思って。そこが婦人科に行ったきっかけでした」

少しでも「おかしい」と思ったら、すぐに婦人科に行った方がいい。
杉原はそのときの経験をもとにそう語る。

家族に相談できていたことも大きかった。

インタビュー(YouTube)

全編はYouTubeにて

PMSは「ひどい方」。気持ちも体も波があった

「今もそうですけど、PMS(月経前症候群)とかもひどい方です。生理の時も、婦人科で“結構重いタイプ”って言われるぐらいでした」

気持ちの変化もあった。

「イライラしたり、気分の浮き沈みがあったり。食欲が増えるのもホルモンの影響やから、しょうがないとは思うんですけど」

最初は、それがPMSだとは分からなかった。

「イライラしてるなって思っても、何が原因か分からへんくて。下腹部の張りもあったから調べてみたら、“月経前症候群”ってあるんやって知って」

そこではじめて、「あ、自分も当てはまるな」って思えた。

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ピルは合わなかった。でも、選択肢を知れた

PMSへの対処として、ピルという選択肢もあった。

「実際に試してみたんですけど、自分の体には合わなくて。副反応が出てしまって」

体重の変化は、競技に直結する。

「一気に体重が増えてしまうと、パフォーマンスが全然変わってくるんで。シーズンがもうすぐ始まるから、これはやめようって」

ただ、そこで終わりではなかった。

「それをきっかけに食事とか鉄分を取る意識もするようになって。そうしたら改善できたこともあったので、そこはよかったなと思ってます」

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「この金メダルは、一人では取れなかった」

20代に入った杉原は2度目となる五輪(東京)に出場し、2022年に一度、競技から離れた。

コーチや審判、メディアで解説などをしていたが、1年後の2023年に復帰する。

「一度離れたからこそ体操が大好きで楽しい気持ちに気づき、改めて基本の大切さもわかって、今なら前よりもっとできるんじゃないかって思えたんです」

そして2025年、26歳になる年。

第79回全日本体操競技選手権大会で2位に入ると、5月の第64回NHK杯体操選手権で10年ぶりの優勝。
同大会男女を通じ最長ブランク優勝を達成すると共に第53回世界体操競技選手権の代表に内定した。

そして10月、ジャカルタで行われた世界体操競技選手権の種目別ゆかで金メダル、平均台で銅メダルを獲得した。

体操選手としての年齢を考えると、異例のことだった。

世界選手権で金メダルを獲得したとき、杉原が強く感じたのは“支え”だった。

「まさか自分が一番いい色のメダルを取れると思ってなかったので」

「企業さんだったり、ファンの皆さんだったり、たくさんのサポートや応援があって。自分は体操ができて、演技ができて、楽しめている」

「それがなかったら、このメダルは取れなかったなって。その重みをすごく感じた大会でした」

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「花が咲く時期は、人それぞれ」

NHK杯優勝の後のインタビューで選んだのが、このフレーズだった。

「焦らなくていいし、ゆっくりでいいし、時には休んでもいい」
「それぞれ、いろんな場所で輝けるところがあるから。少しずつ、一歩一歩進むことが大事やでって伝えたくて」

早く咲く人もいれば、遅く咲く人もいる。一度咲いて、また咲く人もいる。

「花が咲く時期が違うのと一緒で、何回も何回も、継続して乗り越えていくことが大事やなって思います」

もともとは、祖父の言葉だという。

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なぜ、生理や衣装のことを発信するのか

杉原はメディアや自身のSNSなどで、積極的に発言をしている。

生理のこと、衣装のこと、競技中の盗撮に関することまで。

「どう思われるんやろ、って不安はもちろんありました」

男女の違い、価値観の違い。理解されない可能性もあるかもしれない。

「でも、誰かが発信することで、共感してもらえたり、こういう改善方法があるんやって知れる人もいると思ったので」

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PlaySがくれた「話せるきっかけ」

「PlaySに出会ったのが、一番大きかったです」

杉原は大学時代に吸水ショーツPlaySを知り、使用を始めた。
ハイレグタイプの開発では試着段階から参加をし、自身の意見を伝えた。

PlaySに出会う前、部活の中で生理の話を深くすることはほとんどなかった。

「でもこれをきっかけに、自分の症状を話したり、後輩の話を聞いたり、“こういう婦人科行ってたで”って提案できるようになった」

さらに、男性コーチにも相談できるようになった。

「生理のタイミングでコンディションが万全でない時も、練習メニューを調整したいと話もできるようになったことが、一番大きかったです」

「言いやすい環境」が、すべての前提

男性指導者との関係について、杉原はこう話す。

「言いやすい環境が一番大事やと思います」
「自分が安心して、信頼できる相手じゃないと、やっぱり言えない」

たとえ関係性があっても、知識がなければ改善にはつながらない。

「“言ったけど、変わらへん”ってなったら、次は言わなくなる可能性もあるんじゃないかと思います」

振り返えると生理の時にケガをしてたなって思うことが多かったと杉原は言う。
コンディションが悪いことを伝えずに練習を続けると、怪我のリスクは高まる。

「伝えた上で、コーチが“じゃあこう変えよう”ってしてくれたら、怪我のリスクも減ると思う」

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若い人に伝えたいこと

「自分の体は、自分しか分からない」
「だから、一人でもいいから、言える人を作ってほしい」

家族でも、友達でもいい。生理に限らず、自分のことを話せる相手を見つけること。

「まずはそこからやと思います」

26歳でも世界一をつかんだ、体操界では異例のキャリア。
「誰もやっていないことにチャレンジするのが好き」

そう語る杉原だったが、
"自分の体を知ること"
"それを人に伝えられるようにすること"

自分を信じて、自分だけの花を咲かせるための大切なこと。本質、マインド、考え方、それを毎日続けてきたことの強さを感じた。

インタビュー(YouTube)

全編はYouTubeにて